Q1.復帰50年イベントに参加しての感想は?
僕は今回、映画『ミラクルシティコザ』を作ったことで参加させていただいたのですが、50年という歴史の重みを感じました。トークセッションには映画のファンという方だけではなく、沖縄の歴史を知っている人や知りたいと思っている人も来ていただいて、50年前を舞台にした映画を描いたことで、そうした方々とも繋がることができて光栄でした。
個人的には、堤幸彦監督とご一緒できたのが何よりも嬉しかったです。小さい頃から作品を見ていた監督の横で映画について話せたことにテンションが上がりました。
Q2.復帰前の話はご家族から伺ったことはありますか?
聞いていたとは思うのですが、正直、気に留めていませんでした。(ベトナム戦争の頃)「金がばら撒かれていたんだよ」とか、「道にお金が落ちていたよ」とか景気の良い話ばかり聞くんです。僕は今、コザで暮らしているんですけど、それこそ『ミラクルシティコザ』の主人公と同じく今と昔のコザがリンクしませんでした。
でも映画を作る時に昔の写真を調べたらネオンサインも人も多くて、好景気だったのは明らか。ただそれって、お金があるから人が集まってきたんじゃないんですよね。(歴史的に)コザはいろんな人を受け入れてきた懐の深さがあって、それで同じような気質の人が集まって今のコザがある。みんなで街を作ってきたのだなと実感しています。
Q3.日々の暮らしでウチナーンチュだなと実感することは?
沖縄の人って、死生観がちょっと違いますね。僕自身、高校生の時に父親を亡くしました。もちろん最初は悲しかったけど、清明祭(シーミー)の時にご先祖様みんなが入っているでっかいお墓の前でご飯を食べたりしていると、寂しくなくなってくるんです。沖縄には”神の島”と言われる久高島もあって、スピリチュアルな部分であの世の世界と非常に近い。僕自身も(先祖様に見守れながら)安心して生きていけるということを日々感じています。
Q4.今後さらに伝えたい沖縄の魅力は?
次回作の構想でもあるのですが、沖縄のスピリチュアルな部分をもっと伝えたいなと思っています。よく沖縄の人は明るくてラテン系だと言われますけど、その要因を突き詰めるとメンタルの部分にあるのでは?と思っていて、その精神性をモチーフにした僕にしか撮れないエンタテインメント作品を作れたらと思っています。
50年後の沖縄に期待することは?
今までの50年というのは、戦争とそれに続く基地問題などいろんな事と立ち向かう時間だったと思うんです。今でも沖縄では不発弾が普通に出てきますからね。
これは沖縄を題材にした映画で見た面白い演出だったのですが、例えばこうしてインタビューを受けている時に間近で大きな飛行機が通ったら、「うるさいね」というのが普通の人だと思うです。対して沖縄の人は、飛行機が通り過ぎるのを、ただ黙って待つ。踏切の警報音が鳴った時に、自然と黙るのと一緒です。それくらい沖縄では航空機の騒音を普通に感じるようになってしまった。でも、それを”当たり前”にしてはいけないんです。これからの50年、それが”当たり前ではない”ということを忘れてしまわないようにしたいと思っています。
PROFILE
映画監督
1989年8月29日生まれ。 沖縄市出身、在住。特技:特殊メイク。地元の百貨店を退職し、沖縄から最高の映画を発信することを目指す映像制作チームPROJECT9を結成、多数の自主制作映画を発表。第3回未完成映画予告編大賞グランプリならびに堤幸彦賞を受賞し、今年公開された初の劇場映画『ミラクルシティコザ』(’22)は沖縄で3ヶ月を超えるロングランヒット中。最新作は「ミッドナイトスワン」の服部樹咲主演のショートフィルム『おかあの羽衣』